禅的森田療法と映像作品について

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禅的森田療法とは何か? 禅的森田療法を自称する三聖病院(京都)。その治療の実際と思想を映像作品で紹介します。

【目次】
1 概要
2 予告編
3 詳細・販売ページ
4 解説

概要


 森田療法は、その治療思想が東洋思想的であり、また森田正馬自身が自書で禅の言葉を多く引用していることから、かねてから禅との関係を指摘されてきました。
 森田正馬自身は、禅思想から森田療法が派生したことを否定していますが、森田療法を後継する治療者の中には、「禅の影響を強く受けている」と唱える方たちも多くいます。そしてそんな考えを代表するのが三聖病院(京都)です。
 宇佐晋一院長は、「禅の眼目、筆法と同じである」と、森田療法を禅と同一視し、自身の森田療法を「禅的森田療法」と呼んでいます。
 弊社 禅的森田療法関連DVD2作品、「ヒポクラテスと蓮の花」「三聖病院 宇佐療法という宇宙」は、三聖病院における治療の実際と院長のインタヴューを通して、禅的森田療法とは何かを探る映像作品です。

  

予告編





                


詳細・販売ページ


ヒポクラテスと蓮の花
ヒポクラテスと蓮の花   >>詳細

京都にある森田療法入院施設“三聖病院”。そこは禅の影響を強く受けた精神科病院として知られ、“禅的森田療法”を自称しています。 「ヒポクラテスと蓮の花」は、三聖病院における実際の治療の様子、対人恐怖に悩む青年の入院から退院、そしてその1年後を追った貴重なドキュメンタリー映画(DVD)です。

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三聖病院
三聖病院 宇佐療法という宇宙   >>詳細
森田療法の入院施設の中でも、禅の影響を強く受けていると言われる精神科医病院“三聖病院”(京都)。宇佐晋一院長へのロング・インタビューを通して、森田療法と禅の関係、禅的森田療法の思想の全貌を伝えるDVD作品。
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森田療法ビデオ全集 第3巻生活の発見会jpg
禅的森田療法|2DVD|お買い得セット   >>詳細
「ヒポクラテスと蓮の花」「三聖病院 宇佐療法という宇宙」のDVD2巻のセット商品です。お買い得価格でご購入できます。
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解説(森田療法と禅的森田療法)

 
 森田療法と禅の関係
  森田療法は、その治療思想が東洋思想的であり、また森田正馬自身が自書で禅の言葉を多く引用していることから、かねてから禅との関係を指摘されてきました。
 しかし森田正馬自身は、禅との関係をについて以下のように言及しています。

「私の現在の治療法を組立てるに至ったのは全く禅とは関係がない。 私の著書にもある通り西洋流の療法から、しだいに発達・脱化したのである。(中略)
禅から出ているように書かれているけれども、それは間違いである。強迫観念の本態を知ったのは心理学的であって宗教的ではない。その強迫観念の原理を発見したから、煩悩即解脱ということが分かった。(中略)
私の著書に、禅語の多く引用されているのは、みな強迫観念の治療に成功して後に初めて、私には禅の意味が分かるようになったものである。すなわち、禅と一致するからといっても、禅から出たのではない」
(註1)

 また、現代の森田療法の中心的な治療施設である慈恵医大 森田療法センターも、発行する書籍の中で、森田療法と禅の関係について以下のように回答しています。

「Q10  森田療法は老荘思想や禅の応用だと聞いたことがあります。何か哲学的だったり、宗教的なものなのでしょうか?

 森田療法の考えは、とくに何かの宗教や哲学に根ざしたものではありません。
 たしかに、森田正馬の言葉や考え方は仏教や禅の思想に似ていると言われますが、それはその時代に生きた森田自身に自然に身についたものであり、結果的に共通する部分があったと言えます。実際森田自身も、森田療法が禅の思想から生まれたものではないと明言しています。
 森田療法は、東洋的なものの考え方を基礎にしていますが、宗教や哲学に依拠したものではないのです。」
(註2)

 しかし一方、森田療法は「禅の影響を強く受けている」「禅の眼目、筆法と同じ」と唱える治療者、研究者、神経症(不安障害)当事者の方が、多くいることも事実です。
 中でも三聖病院(京都)の宇佐晋一院長は、森田療法と禅との関係を強く強調し、三聖病院での入院森田療法を「禅的森田療法」と呼び、「森田療法=禅」を主張する人たちを代表する人物と言えます。
 それでは一体、三聖病院で行われる禅的森田療法とは、どのようなものなのでしょう?


 三聖病院とは  
 三聖病院(京都)は、もともと臨済宗東福寺派 山渓寺の住職であった宇佐玄雄が、医学を志し 東京慈恵医学専門学校に入学。森田正馬の基で精神医学を学び、卒業後 の1922年(大正11年)、東福寺境内、三聖寺(京都)に「三聖医院」を開設したことから始まります。
 「三聖医院」は、1927年(昭和2年)に名称変更し「三聖病院」となり、2015年の閉院までの約92年間、入院森田療法の専門病院として、関西における森田療法の代表的施設であり続けました。
 また1927年の名称変更の際には、森田正馬が顧問として名を連ね、森田が高知へ帰省の際には、三聖病院を途中の宿泊所として利用していました。
 大正15年には、強迫神経症に苦しんだ文筆家、倉田百三が受診したことでも知られています。  
 1957年(昭和32年)の宇佐玄雄氏の没後は、ご子息 宇佐晋一が29歳で二代目院長となり、2015年の閉院まで院長を務めました。
 1967年と1971年には、寺院の中にある精神病院として、WHOからの視察を受けたことでも知られています。

三聖病院 宇佐療法という宇宙 写真1


  三聖病院(禅的森田療法)の特徴  
 初代院長 玄雄氏は、開院当初、森田正馬の行った森田療法を忠実に行おうとしたそうです。しかし次第に仏教に回帰していき、晩年には仏教色を濃くしていきました。そして「禅と森田療法は同一筆法である」と主張し、悟りを「自覚」という言葉で表わし、自身の療法を「自覚療法」と称しました。  
  玄雄氏 没後の昭和36年、天竜寺の平田精耕老師が三聖病院を視察した際、「禅を花にたとえるのなら、森田療法は造花だ」と評しました。この言葉に悔しい思いをした二代目院長 晋一氏は、森田療法の習得にさらに力を入れたそうです。  
 そんな晋一院長は、父の森田療法をさらに仏教的、禅的に深めていきました。そして自身の森田療法を「禅的森田療法」と呼び、三聖病院における森田療法と禅の関係を完成させたといわれます。  

 このことから分かる通り、森田正馬の森田療法が禅の影響を受けていたのではなく、禅の影響を強く受けていた三聖病院が行う森田療法だから、禅思想の影響の強い森田療法(禅的森田療法)になっていった、と考えるのが自然でしょう。
  それでは、三聖病院における禅的森田療法とは何でしょう? その特徴とはどのようなものなのでしょう?  

1)治療者と被治療者(患者)の関係  
  三聖病院では、入院者は「患者」ではなく「修養生」と呼ばれ、この時点で治療者と患者は、禅寺における尊師と弟子のような関係に置かれます。

2)不安障害の病理解釈  
  三聖病院の院内には、「しゃべる人は治りません」「話しかける人には答えないのが親切」「たった一人の集団生活」などという張り紙がいたるところに貼られています。そして、修養生は私語を禁止され、禅寺での修行のように黙って生活を送ります。
  そういった無言生活を強いる背後には、禅的森田療法独特の不安障害(神経症)に関する病理解釈があります。それは、「考えたり、言葉にするから不安障害になる」という解釈です。

ヒポクラテスと蓮の花 写真1

3)不問  
 森田療法には、治療者の治療技法として「不問」という態度があります。「不問」とは、治療者が患者からの症状や苦しみに関する訴えを あまり取り合わない、という態度です。それは、患者が症状や苦しみに注意を寄せると、精神交互作用が働き、さらに症状と苦しみを強めていくという理由からです。  
 「不問」と言っても、治療者により様々な解釈があります。(註3)
  その実際は、治療者が患者の訴えを完全に無視するのではなく、患者が症状や苦しみに拘泥しないように不問にすることが、従来の森田療法の共通した認識でしょう。また、現代における外来森田療法では、不問自体が難しいとも言われます。(註4)  
 ひるがえって三聖病院の禅的森田療法では、「しゃべる人は治りません」といった院内の張り紙にあるように、無言生活という厳格で徹底した不問が実施されます。  
 治療者(晋一院長)が修養生と直接言葉を交わすのは、初診と臥褥中診察の数回のみ。その後 晋一院長が修養生と接するのは、修養生全体に向けた講話、美術史講義のみです。  
 治療者と修養生の唯一のコミュニケーションは、日記執筆とその日記に晋一院長が赤色で書き入れるコメントとなります。  
 三聖病院では、「言葉を使わなければ不安障害(神経症)にならない」という病理解釈に基づき、そんな徹底した厳格な不問が実施されます。
 入院初期に行われる臥褥中診察の際は、「規則を守ることが治ること」「そうすれば不思議なことに治ってしまう」ということが強調されます。

4)作業  
 従来の入院森田療法の第3期は作業期と呼ばれ、決められた作業を行うのではなく、院内の生活の中から、自分で作業(例えば、掃除、大工仕事など)を見つけ、創意工夫して作業を完了させていきます。入院患者は、最初仕事を見つけることに苦しみますが、次第に慣れていき、作業完了と共に、達成感と自己肯定感を強めていきます。  
 三聖病院(禅的森田療法)の第3期では、あらかじめ決められた作業内容(掃除やお菓子の箱作成など)をこなすことが生活の中心となります。それはあたかも、禅寺の修行(作務)と同じです。(註5)  

ヒポクラテスと蓮の花 写真3

5)治療空間  
 森田正馬は、自身の療法を「鍛錬療法」「自然療法」「家庭療法」など、いろいろな言い方をしています。中でも「家庭療法」は、従来の森田療法の治療空間を的確に表した言葉と言えます。  
 そもそも森田療法の始まりは、森田の自宅に一人の患者さんを滞在させ治療したことから始まりました。森田夫人は、まるで母親のように患者に接し 生活の面倒を看たことは、森田療法の特徴の一つと言われます。
  森田療法を後継する現代の入院施設でも、看護師、ケースワーカーなどの病院スタッフが、家族的に患者に接し、時にはよき相談相手、アドバイザーとなります。つまり、治療者以外のスタッフも、家庭的な雰囲気を作るだけでなく、治療補助者として、治療の重要な役割を担っています。  
 一方、三聖病院(禅的森田療法)は、家庭的な雰囲気とは違う、禅寺の厳格な修行空間のような雰囲気です。病院スタッフに、治療的に意味のある役割の人はほとんどいません。私語の禁止された患者(修養生)は、晋一院長との治療関係だけを中心に修養生活を送ります。院内には、「たった一人の集団生活」という張り紙が貼られています。

6)治癒と頓悟  
 禅的森田療法では、治癒と悟りは同じであり、その悟りを得るプロセスは、「頓悟(とんご)」であると主張します。  
 「頓悟」とは禅の言葉で、瞬時に悟りを得ることを意味します(その反対、ゆっくり悟りを得ることを「漸悟(ぜんご)」と言います)。  
 そして晋一院長は、「健康人のふりをすれば、神経症はインスタントに治る」「健康人のふりをすることが、即全治なのである」と明言し、三聖病院での生活を、「本音は隠し、建前だけで生活する」「健康人のふりをして生活する」と指導します。  
 従来の森田療法では、「薄皮を剥がすごとく治っていく」とよく言われ、多くの治療者が、「頓悟」ではなく、「漸語」を主張していますが(註6)、 三聖病院、晋一院長は、「漸悟は、頓悟の繰り返し」と強調します。 つまり、禅的森田療法では、不安障害は、瞬時に治癒するということです。

  以上が、三聖病院における禅的森田療法の大きな特徴と言えるでしょう。  
 中でも、病理解釈(言葉を使わなければ不安障害にならない)、厳格な不問(しゃべる人は治りません)、治癒と頓悟(健康人のふりをすることが、即全治)という3点は大きな特徴と言えます。

三聖病院 宇佐療法という宇宙 写真3


 禅的森田療法の映像記録
  禅的であるが故になかなか言語化しにくい三聖病院の禅的森田療法。「ヒポクラテスと蓮の花」、「三聖病院 宇佐療法という宇宙」は、映像という方法で、三聖病院における治療の実際と、院長へのロング・インタヴューを紹介し、言葉では表わしにくい禅的森田療法の本質を伝えます。 映像だからこそ伝わる禅的森田療法の真実。そう言ってもいいでしょう。
 また同時に、弊社ドキュメンタリー作品「森田療法ビデオ全集 第2巻 常盤台神経科」を合わせてご覧いただくと、従来の森田療法と禅的森田療法との違いや共通点がより浮き彫りになり、森田療法とは何か、禅的森田療法とは何かを深くご理解いただけるかと思います。 
 
 森田療法や禅的森田療法に関する関心は海外でも高く、「ヒポクラテスと蓮の花」は、第7回国際森田療法学会、フランスの精神医学学会(Psy Cause)、ドイツの精神医学研究会などでも上映されています。  
 人の悩みとは、主観的なものです。医学(科学)は万能ではなく、患者さんの直面する悩みや問題は、人文(心理、社会、芸術、宗教など)と合わせた複合的な認知や検証が必要と言えるでしょう。
 そして人の心や悩みに関わる精神医学は、科学と人文の交差点と言えるのかもしれません。しかし近年の精神医学は、薬物療法などの科学偏重に傾きつつあると言われています。(註7)  海外からの森田療法や禅的森田療法への途絶えぬ関心は、その反発や反動によるものなのかも知れません。
 弊社“森田療法”、“禅的森田療法”関連映像作品を通して、禅的森田療法だけではなく、精神医療とは何か、人間とは何かを考察する一助になれば幸いです。   


脚註

註1 「森田正馬全集 第五巻」/ 377〜378頁(第三十五回 形外会) / 白揚社 1975年
註2 「新時代の森田療法 〜入院療法最新ガイド〜」慈恵医大森田療法センター編 / 102頁 / 白揚社 / 2007年
註3

不問の解釈
「不問」に関する解釈は、治療者によって若干の違いがあります。例えば、常盤台神経科、藤田千尋院長は「不問とは、治療者と患者の間に設ける、“間”である」と解釈し、患者の訴えを無視することではないことを強調しています。 高良興生院 阿部亨院長は、「私は、そんなに不問にこだわらないんです」と語っています。
 また、森田正馬宅(治療院)で、お手伝いさんとして雇用されていた瀬戸行子女史は、
「森田先生は、院内で患者さんを見つけるとよく話しかけた。しかしその話の内容は、『お前のここがダメだ』『これだから症状が出るんだ』などと、患者さんにとって悪いことばかりおっしゃるので、患者さんの方が森田先生から逃げまわっていました」
  と、証言しています。
 このことからも分かるように、従来の森田療法家の不問解釈には、多少の違いはあるにしても、禅的森田療法ほど厳格な不問ではなかったことがうかがわれます。

註4

高良興生院で従来の森田療法に長年携わった丸山晋医師は、講演の中で「外来森田療法で“不問”を実行することは難しい」と語っている 。
>>無料動画「丸山 晋講演『私にとっての高良興生院』」

註5 従来の森田療法における入院生活の様子は、弊社DVD「森田療法ビデオ全集 第2巻 常盤台神経科」でご覧になれます。「ヒポクラテスと蓮の花」と見比べると、両者の違いが明確にご理解いただけると思います。
註6

「森田療法の世界」丸山晋 / 210頁(三聖病院では「頓悟」を強調しています) / やどかり出版 / 2018年

註7 「現代精神医学のゆくえ」ナシア・ガミー / みすず書房 / 2012年


参考文献


宇佐晋一「あるがままの世界 〜仏教と森田療法〜」(東方出版 / 1987)
宇佐晋一「禅的森田療法」(三省会 / 2004)
岡本重慶『「禅的森田療法」についての研究 —三聖病院の歴史と歩みー』(総合社会科学研究 第3集2号 / 平成22年3月30日)
岡本重慶『「禅的森田療法」についての研究 —「集団と個」の問題をめぐってー』(総合社会科学研究 第3集3号 / 平成23年3月31日)

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