郡司正勝作・演出 歩く

郡司正勝作・演出 歩く

郡司芸術の真骨頂。遺言ともいえる遺作舞台「歩く」を完全収録。
「郡司かぶき」の集大成。記憶すべき舞台遺産。

【目次】
1 予告編
2 DVDのご購入
3 解説
4 郡司正勝|プロフィール
5 クレジット
6 新聞記事1(寄稿)
7 新聞記事2
8 台本「歩く」
9 シノプシス「歩く」
10 オンデマンド視聴


予告編




DVDのご購入

 



解説

郡司正勝作・演出 歩く 写真1

 
 この人生の「歩く」ことの意味はなにか

 歌舞伎研究家・演出家 郡司正勝(早稲田大学名誉教授)。病魔に侵され、自らの死を予感した郡司の選んだテーマは「歩く」ということでした。1997年、郡司は歌舞伎俳優ではなく、若手やベテラン舞台俳優と共に、前衛歌舞伎「歩く」を作・演出し、その翌年、癌のために他界しました。
 「人間悲劇とは視点を変えれば人生喜劇でもある。泣き笑い。
劇は人生の表象として芸術になる」
 そう述べる郡司。「歩く」は、彼が自身の人生を振り返り、人間の一生を歌舞伎と舞踊で表現したものです。それは、人間の営みへの温かい視点と、人間の愚かさに対する強い批判が込められた、遺言(メッセージ)のような舞台となっています。

「郡司かぶき」という記憶すべき舞台遺産

 郡司の数多い論文や著作の特徴は、歌舞伎の研究に民俗学の視座を取り入れ、芸能と日本人の精神構造を浮き彫りにしていることと言われます。それにより独自の日本芸能学が形成され、弟子らはそれを「郡司学」「郡司かぶき」とも呼んでいます。
 舞台「歩く」でも郡司は、歌舞伎の演目だけでなく、白石島の盆踊り(岡山県)、麦屋節(富山県)などの民俗舞踊、文楽、能などを巧みに取り入れ、日本人の精神構造の奥深くに迫ろうとします。そして最後には日本だけに留まらず、アジアの精神にそれを繋げていきます。
 本映像作品は、そんな舞台公演「歩く」の東京初演(1997年)を、完全収録したものです。「郡司かぶき」という記憶すべき舞台遺産、そう言っても過言ではないでしょう。
 公演はその後、ポーランド・クラクフで公演。1998年には、札幌公演、東京凱旋公演を行い、 どの公演も満員御礼のうちに幕を下ろしました。

郡司正勝作・演出 歩く 写真2


郡司正勝|プロフィール


郡司正勝(ぐんじ まさかつ|1913〜1998)
歌舞伎研究家、演出家、演劇評論家、早稲田大学名誉教授。札幌出身。
1939年、早稲田大学国文科卒業。河竹繁俊門下。早稲田大学演劇博物館学芸員、同大学講師、助教授を経て、1960〜1984年に教授。その後、名誉教授となる。

1954年に発表した「かぶき・様式と伝承」は、歌舞伎研究に民俗学の見地を導入し、芸能と日本人の精神構造を浮き彫りにする革新的著作であった。
以後、「かぶきの美学」「かぶきの発想」「おどりの美学」など、多くの優れた論文や書籍を発表し、同時に劇評の分野でも、多数の評論を残した。
歌舞伎を中心とした古典芸能を深く探求し、独自の日本芸能学を樹立した。
また、現代演劇、舞踏にも造詣が深く、多数の評論等を残している。

1963年より歌舞伎の演出、監修に携わり、四世鶴屋南北『桜姫東文章』(中村勘九郎・坂東玉三郎出演)の復活上演を始め、旧作の校訂・演出にも力を注いだ。
自作の舞台も演出し「郡司かぶき」といわれる数々の名作を世に問うた。

1998年、札幌にて死去。享年84歳。
札幌大学には、郡司の蔵書を納めた「郡司文庫」が設けられている。

【主著】
『郡司正勝刪定集』(全6巻、第5回和辻哲郎賞) 、『かぶき―様式と伝承』 、『かぶきの發想』 、『おどりの美学』 、『鶴屋南北』 、『童子考』 、『芸能の足跡 郡司正勝遺稿集』 ほか多数。

【主な舞台演出作品】
四世鶴屋南北『桜姫東文章』『盟三五大切』『法懸松成田利剣』(1963〜)、『沙羅女(サロメ)』(1993)、『青森のキリスト』(1995)、『歩く』(1997/東京、ポーランドのワルシャワとクラクフ公演、1998/札幌公演、早稲田大学公演)、『ドリアン・グレイ最後の肖像』(1998年)など。

【主受賞】
芸術選奨文部大臣賞(昭和29年〕 、紫綬褒章(昭和51年)紫綬褒章 、和辻哲郎文化賞(平成5年)


クレジット

出演: 天祭揚子(朱花伽寧) / いちょう光暢 / 江ノ上陽 一 /大高健二 / 小野廣己 / 神田剛 / 北村魚 /佐藤祐貴 / 沢木めり子 / 林佳 / 武藤翆 /八尾建樹 / 山本貴志 / 山本啓泉子 / 吉田敬一
作・演出: 郡司正勝
振付: 板東みの虫 / 中村京蔵 / 花柳小春
ツケ指導: 土佐 伝
衣装: 佐藤笑子
音楽: 高橋嘉一
照明・舞台監督: 相川正明
演出助手: 江ノ上陽 一
振付助手: 大倉直人
プロデユーサー: 上田美佐子
制作: 八木榮子 / 清水義幸 / 小池佐記子 / 三村正次 / 本山康弘 / 森下昌子 / 野中 剛
製作: シアターX / 有限会社ランドスケープ
収録: 1997年11月25 / 26日 シアターX(カイ)
映像制作: 有限会社ランドスケープ
撮影・編集・監督: 野中 剛
DVD / カラー / ステレオ / 63分 / 1998年度作品


新聞記事1(寄稿) 

東京新聞  1997年6月11日
(クリックで拡大されます)
新聞記事_郡司正勝

新聞記事2 

朝日新聞  1997年6月16日
(クリックで拡大されます)

新聞記事_郡司正勝






台本「歩く」

台本 「歩く」
郡司正勝

ーこの人生の「歩く」ことの意味とはなにかー

郡司正勝作・演出 歩く 写真3

もし人類が歩くことができない生物だとしたらを、念頭において構成した。
この人生にとって「歩く」とはなにを意味するのか。


第一景 元禄花見踊  
人間は平和を望む。しかし平和の世界というものが本当にあったのだろうか。
人類の永久の夢幻の世界、妄想ではないのか。  
太平というものの身振、表現、を太平を讚えた元禄時代の花見踊に託してみた。
目の前を通り過ぎてゆく平和の幻。
青春とは、天国か、地獄か。
郡司正勝作・演出 歩く 写真4


第二景 予告(御注進)  
われわれの平和は、常に不安に襲われずには成立し得ない。
平和の花は、現実にはいつも確実に眼の前で散っていった。
そのキザシ、前触れは、いつやってくるかも知れない。
「御注進 御注進」  「ナント ナント」
告知する天使の夢は、いつもおびえている。暗い影はつねに忍びよっている。
それが平和というものであろう。
郡司正勝作・演出 歩く 写真5


第三景 花魁道中  
平和はもろく、誇り高き偽りの形。
花魁道中に、つかの間の夢を託してみる。
憧れと驕りと色欲に、文化に、酔いしれる平和が生み出す、差別、軽蔑等々。
郡司正勝作・演出 歩く 写真6


第四景 凧の戯れ  
男たちは、平和という馴れにいつも剽軽に時代の風に乗って浮かれ、
金蔓の糸に繋がれては右往左往して、人生に踊らされる。
郡司正勝作・演出 歩く 写真7


第五景 元禄花見踊(乱)  
平和には疲れが出る。精神の荒廃。
世紀末の爛熟と乱れを、再び花見踊の変相として表現する。
郡司正勝作・演出 歩く 写真8


第六景 暴れ六方  
世は暴力の衝動にうごめき、征服欲と乗っ取り、
暴走族の殴り込みなどが、日常となる時代がやってくる。
郡司正勝作・演出 歩く 写真9


第七景 だんまり  
闇によって表現される時代。
人と人の不通となった疑惑と陰謀が手さぐり、足さぐりに表象される。
郡司正勝作・演出 歩く 写真10


第八景  人形の動きで象徴される社会相  
われわれは、何者かによって操られてゆくのを感じる。
それを人は運命といい宿命と呼んだりする。
郡司正勝作・演出 歩く 写真11

(A)櫓のお七  
恋愛は、出会い、ゆきずり、相手を乞うという輪違いの宿命で、
それは愛という救いでもあれば愛という地獄でもある。
一抹の光明でもあるが、また執着という闇でもあり、永遠という幻でもある。
郡司正勝作・演出 歩く 写真11


(B)  
誰にでも一度はおとずれ消えてゆく「無情の夢」というやさしさ。
郡司正勝作・演出 歩く 写真12


第九景 盆踊りという行事  
人間は老いも若きも死を隣り合せに生きている。
人間の社会が生んだ盆行事は、この世とあの世を橋渡しする道であり、季節である。
(女性たちによる白石島の盆踊りで代表する)
郡司正勝作・演出 歩く 写真13


第十景 男の歴史  
男には歴史がある。  
落人の武士たちが百姓となって隱れ住んだ歴史を、
(男性郡によって五箇山の麦屋節によって代表する)その誇りと現実。
郡司正勝作・演出 歩く 写真14


第十一景 戦場の人  
人々は国家という巨大な魔物によってしばしば犠牲にされ戦場に引き出される。  
それにはお互いの殺人が待っている。
郡司正勝作・演出 歩く 写真15


第十二景 葬式の行列  
人生最後の葬式である葬式の行列がつづく。  
人間悲劇とは視点を変えれば人生喜劇でもある。  
泣き笑い。劇は人生の表象として芸術になる。
郡司正勝作・演出 歩く 写真16



あとがき
舞台は人生の肉体の表象である。
劇であってもよく、舞踊であってもよい。
それは一種の見世物なのである。
このたびはポーランド公演という目標をもったために、
セリフを極力さけた点が一つ。
もう一つは日本人としての伝統の表現様式をもって構成してみせたい
といった目的によって創作の意企としたものである。






シノプシス「歩く」

シノプシス 「歩く」
郡司正勝

発端
 
三番叟を見たてて祀りとする。
祝うことはなんとも不可解な人類の歴史の始まりの象徴というべきか。
郡司正勝作・演出 歩く 写真3

第一景  
日本の若者が、踏切で足踏みしている現状をもって幕あきとする。
いま、若者たちには雨が降っているはずである。白い雨か。黒い雨か。
郡司正勝作・演出 歩く 写真4

第二景 元禄花見踊  
曇のち晴れの不安定。過去は夢のごとし。
タイム・スリップで、元禄の花見踊の渦に入る。
郡司正勝作・演出 歩く 写真4


第三景 御注進  
花は嵐を待つ。信じられぬ平和をなぜ人類は叫ぶのか。情弱千万といわねばなるまい。天来の予兆の注進しきりなるを人類は気がつかない。

郡司正勝作・演出 歩く 写真5

第四景 花魁道中  
虚飾の華は花魁道中のごとく咲き誇れども、
捨てられた野良猫は救われたためしがない。
郡司正勝作・演出 歩く 写真6


第五景 凧の戯れ  
糸が切れれば奴凧同様。足はあってもなきがごとし。

郡司正勝作・演出 歩く 写真7


    元禄花見踊(乱)  
郡司正勝作・演出 歩く 写真8

第六景 暴れ六方  
暴走族は荒れ、走り回れども、あとの闇は濃くなるばかり。
郡司正勝作・演出 歩く 写真9

第七景 だんまり  
心と闇と暗黒政治を紡ぎ出すだんまりの洞窟。
地底の侵蝕を脱出すべき手があるのか。
郡司正勝作・演出 歩く 写真10


第八景  鯉  
闇の総会屋に操られ、腸のない鯉の吹き流され。

郡司正勝作・演出 歩く 写真11

第九景  人形  
恋は止まることを知らず、かつて恋には命がかったが、いまは「無常の夢」と化す。

郡司正勝作・演出 歩く 写真11

郡司正勝作・演出 歩く 写真12

第十景 白石島の盆踊り  
生霊・死霊を葬れども、この世の縁は切れてある。
郡司正勝作・演出 歩く 写真13

第十一景 麦屋節  
百姓一揆はむなしく、軍隊を誘発する。  
郡司正勝作・演出 歩く 写真14

第十二景 戦場の人  
戦勝・戦敗、わが道にあらず、笑うべし人間の愚行を。
郡司正勝作・演出 歩く 写真15

第十三景 葬式の行列  
柩の須叟にして送迎す。無常喜ぶべし。あざ笑うにしかず。
郡司正勝作・演出 歩く 写真16

↑Page Top↑