コラム6

【目次】
1 Top
2 森田療法と森田療法ビデオ全集
3 脚註
4 関連事項




森田療法と森田療法ビデオ全集

 
 森田療法ビデオ全集とは?
 森田療法は、1920年代に精神科医 森田正馬によって創始された、不安障害(神経症)に対する精神療法です。  
 西洋のほとんどの精神療法は、不安や症状を取り除くことを治療目標とします。しかし森田療法では、「不安や症状は欲望(よりよく生きたい願望)が裏返されたもの。それは取り去ることができない。だから不安や症状、そしてその背後にある よりよく生きたいという願望も含めて、すべてをあるがままに受容して生活する」を治療目標とします。  
 そんな人間の心の自然な姿、自然であろうとすることに立脚する森田療法は、100年の歳月を超えて多くの悩める人々の力になり続けています。  
 症状を除去・コントロールすることを目標とする西洋の精神療法(西洋的な人間観と知恵)と、症状との共存・受容を目標とする森田療法(東洋的な人間観と知恵)。  
 森田療法による不安障害からの回復(治癒)は、西洋のような「知」による理解、コントロールに重点を置くものではなく、経験や体験などを通して「身体」によって体得することに重点を置くものと言われます。森田療法の思想や治療概念はとてもシンプルなものですが、それ故、その本質を言葉によって説明、理解することは、なかなか難しいことなのかもしれません。(>>コラム2「森田療法。治療論明確化の難しさ、誤解と混乱」)  
 巷に森田療法に関する入門書、解説書が溢れているのは、そんな言語化しにくい森田療法の本質部分を、なんとか言葉にして伝えようと それぞれの治療者・体験者が、それぞれの言葉(解釈)で伝えようとしているからなのでしょう。
 1998年、映像で森田療法を伝えようとするプロジェクトが、故岡本常男氏(メンタルヘルス岡本記念財団・理事長)と弊社、㈲ランドスケープによってスタートしました。 それが「森田療法ビデオ全集」です。  
  例えば、ゴルフのスイングを学ぶ時、 言葉だけによる教則本よりも、実際のスイングの様子を収めた映像解説の方がより説得力があります。  
  “百聞は一見にしかず” です。 「森田療法ビデオ全集」は、映像、特にドキュメンタリーで実際の不安障害(神経症)、森田療法の治療など伝えることによって、いつの時代にも変わらない森田療法の基礎と根幹部分(本質)を、より分かりやすく伝えようとするDVDです。  
 医大、大学などの教育機関をはじめ、悩める方々など多くの方々から長年ご愛顧頂いております。 (弊社、ランドスケープで販売しているものは、良質な画質のデジタル・リマスター版DVDになります)。  

 
 森田療法とは(森田療法のはじまり)  
 森田療法は、1920年代に精神科医森田正馬によって創始された、不安障害(神経症)に対する精神療法です。
 療法(治療方法)としてのオリジナルは入院療法で、4期の治療プロセスで構成されます(註1:参考文献)。

 第1期 絶対臥褥期(約1週間):  
 個室で一人、約一週間布団(ベッド)に横になり続ける。その間、食事、洗面、トイレを除いて、面会、談話、読書など すべての活動が禁じられる(絶対臥褥の隔離された生活)。  
 心身を安静にし、自身の精神的煩悶苦悩に向き合い、「悩んでいてもどうにもならない」(悩み、苦しみの受容)、「布団から起きて、何でもいいから活動したい」(自発的行動欲求)という心境を体験する。

 第2期 軽作業期(2〜3日間):  
 起床して院内生活が許されるが、交際、談話、外出などを禁じられた個人生活。  
 日中は必ず戸外に出て、空気と光に触れるようにする。自分の生活回りの樹々や動植物を観察する。気がつけばゴミ拾いなど簡単な作業を行う。  
 行動に制限が加えられる事で退屈を感じ、自発的活動欲求をゆっくり維持、強化していく。  
 日記指導がこの期から開始される。日記には、症状について書くことが禁止される。

 第3期 普通作業期:  
 院内での集団生活。大工仕事、菜園仕事、院内清掃など、作業は生活の中で自分で見つけ手がけていく。 集団生活の中での役割も担うが、基本的には個人の自主的作業が中心。決して注入的、他律的に作業が命じられることはない。結果、作業を通じて知らず知らずの間に、苦労、喜び、達成感、忍耐力、持久力を得ていく。そしてその過程を繰り返して、自信と勇気を養っていく。 この期より読書も許される。

 第4期 重作業期(複雑な社会生活期):  
 興味中心の作業、やりたい作業といった これまでの作業に対する価値観ではなく、集団生活の中で人としてなすべきことを実践していく。  
 そんな毎日を繰り返すことによって、達成感、忍耐力、持久力、喜び、自信、勇気をさらに強化していく。  
 またこの期から、入院施設から学校や仕事へと通う生活へと移行し、通常の日常生活に帰る準備期間とする。  
 
  以上、4期で約90日の入院日数を要する治療法が、森田療法の原法とされています。また、3期と4期はその境界が曖昧なため、治療者によっては、3期と4期をまとめて“作業期”とも呼んでいます。


  現代の森田療法  
 しかし近年、森田療法の入院施設は減少を続け、現在日本で入院森田療法を行っているのは、数カ所の病院施設のみです。  
 入院森田療法を減少させた要因は、  

 ・入院療法施設の後継者不足と経営的維持困難。  
 ・長期入院による患者さんへの経済的負担、就業維持の困難。  
 ・薬物が進歩し、薬物療法と外来面接での森田療法的アドバイス(アプローチ)だけでも臨床的治癒(註2)を得られるようになってきた。(>>コラム3「森田療法と薬物療法」)    
 ・時代の流れの中で、森田療法の適応である定型的な不安障害の患者さんが少なくなり、非定型的な不安障害の患者さんが増えてきた。(>>コラム4「森田療法の治療対象:定型と非定型」)  
 ・入院療法は治療者とその家族の生活をも巻き込むため、治療者へ大きな負担がかかる。

 などと言われます。  
 その結果 現代の森田療法は、外来療法へと主軸をシフトし、森田療法といえば外来面談で行われる“森田療法的アドバイスによる説得的アプローチ”が主流となっています。  
  今「森田療法とは何か?」と問われた時、多くの治療者、患者、回復者は、『あるがまま』、『不安や症状は欲望(よりよく生きたい願望)の裏返し。取り去るのではなく受容する』、『症状はそのままに目的本位に行動する』 といった森田療法的アドバイス、つまり森田療法の持つ“東洋的人間理解、生きる知恵”の部分を挙げることでしょう。

 森田療法とは何か?
 しかしここで疑問が浮かびます。  
 現在 森田療法の代名詞のように言われる『あるがまま』(註3)は、森田療法における治療目標を指すものです。 そして『不安や症状は、欲望(よりよく生きたい願望)の裏返し。取り去れるものではない』は、森田療法における精神病理的解釈(症状や不安の原因、理由)を指すものです。  
 そこには治療論(方法論、How?)が欠けているように思います。  
 森田療法では治す方法として、『症状はそのままに目的本位に行動する(なすべきことをなす)』とよく言われます。それは頭では分かりますが、皆さんそれができないから困っているわけです。
  では患者さんにとって、症状(不安)を受容しながら行動(生活)できる方法とは何でしょう? 
 治療者にとって、患者さんが症状(不安)を受容した行動(生活)に後押しする、具体的な方法とは何でしょう?  外来森田療法での言葉(森田療法的アドバイス)による行動への後押しでしょうか? 他の精神療法(心理療法)の技法の併用、薬物療法の併用でしょうか?

 ひるがえって入院森田療法は、「臥褥→軽作業→普通作業→重作業」という4段階の治療プロセス(行動プロセス)で、患者さんを、症状(不安)を受容した生活へと促していきます。患者さんは 段階的で自然な流れの中で、自己受容と健康的な行動、そして自分本来の自分を自覚していきます。  
 森田療法では、言葉による精神に対する療法よりも先に、治療プロセス自体が、身体に対する療法であると言っていいのでしょう。  
 そしてその根底には、心と身体を別物として分けて考えるのではなく、心と身体は同一のものであるという、心身同一論が横たわっているように思います。  
 つまり精神療法である森田療法は、身体に対する療法(4段階の治療プロセス=行動=生活)と、言葉による精神に対する療法(治療者との面接や日記指導)が、車の両輪のように調和したシステムとして作用するところに特徴があるのでしょう。(註4:入院森田療法の特徴)

 「入院森田療法の4段階の治療プロセス(システム)の中に、森田療法を療法(セラピー)たらしめている治療原理のコアの部分があるのではないか?」  
 弊社作品「森田療法ビデオ全集」の中で解説を務める藤田千尋氏は そう考え、森田療法における治療論(治療方法、治療原理)を生涯追求、研究し続けました。(註5) 
  そして、治療のキーワードとして、「治すための生活ではなく、生活のための生活」ということを強調していました。  
 確かに入院森田療法施設、例えば常盤台神経科(藤田千尋院長)、高良興生院(阿部亨院長)では、森田療法の用語や理論を生活指標として、入院生活を実施していませんでした。入院生活は、治すための生活ではなく、生活のための生活に重点が置かれていました。  
 森田療法の思想、知恵、森田療法的アドバイスなどを手がかりに、 治すために生活して得た治癒と、生活のために生活して体得した治癒では、その質に違いがあるということなのでしょう。


 どんな時代にも変わらない森田療法の根管部分  
 今の時代は、便利でスピーディー、簡単で合理的、そして、科学的根拠(エビデンス)に基づくものにより高い価値を置くようです。そんな時代の中で、入院森田療法の治療施設が増えていくことは、現実的には難儀なことなのでしょう。入院森田療法でなければいけないという、入院療法原理主義の立場をとるのは、いささか現実離れしているのかもしれません。であれば、森田療法における 「変わっていくことと、変えてはいけないこと(不易流行)」 とは何でしょう?   
 時代に合わせて変わってゆく現代の森田療法。それは換言すると、時が経てば、またその時代に合わせて 変わっていくということなのでしょう。  
 では、どんな時代にも変わらない森田療法の根幹部分(本質)とは何でしょう?

 「森田療法ビデオ全集」は、森田療法の永遠に変わらない基礎と根管分(本質)を伝えようするDVDシリーズです。  
 それぞれの作品は、主にドキュメンタリーという映像形式を用い、不安障害(神経症)当事者の視点、治療者の視点、自助グループの視点、入院森田療法の視点、外来森田療法の視点、巨匠たちの視点、といった様々な視点を通して、「森田療法」の根幹部分を浮き彫りにしようと試みています。  
 そして悩める方々の傍らに寄り添い、「森田療法の理解」「癒やし」「希望」「勇気」「行動への後押し」の一助になればと願っています。

文章作成:「森田療法ビデオ全集」監督 野中 剛
文章校閲:阿部 亨(医学博士,精神科医)
     増野 肇 (医学博士,精神科医)
     丸山 晋(医学博士,精神科医)



脚註

註1 入院森田療法 4期の治療プロセス
<参考文献>
◯『現代の森田療法 理論と実際』白揚社(1977)191頁 「森田療法の原法」 阿部 亨  
◯『森田療法の理論と実際』金剛出版(1975)86頁 「第4章 入院治療の理論と技法」阿部 亨
註2 臨床的治癒
症状は完全に消失はしていないが、社会生活は営める状態。  精神科医 阿部 亨氏による精神医学用語。
註3 あるがまま:                    
「あるがまま」の治療的解釈については、精神科医 阿部 亨氏による以下の文章を引用させていただきます。  

『高良は、「あるがまま」について、その第一の要点は、症状あるいはそれに伴う苦悩不安をそのまま素直に認め、それに抵抗したり、反抗したり、あるいは種々の手段を講じてごまかしたり、回避したりしないで、まともに受け入れることであり、第二の要点は、症状をそのまま受け入れながら、しかも患者が持っている生の欲望に乗って建設的に行動することで、「あきらめ」とは違い、症状に対してあるがままであるとともに、向上発展の欲望に対してもあるがままなのであると述べている』   
   
出典:『現代の森田療法 理論と実際』(白揚社 / 1977 / 245頁 /「高良興生院」阿部 亨)
註4 入院森田療法の特徴:                 
 入院森田療法の治療環境は、大学病院から個人経営診療所まで まちまちで、それぞれの施設(院長)特有の個性があると言えます。  

【高良興生院(阿部 亨院長)の場合】
(環境を重視した入院森田療法)
   ① 4期の治療システム(臥褥→軽作業→普通作業→重作業)
   ② 生活をする(生活のための生活)    
   ③ 治療者による診察(個人面接、日記指導)    
   ④ 樹々、花壇などの自然    
   ⑤ 家庭的雰囲気    
   ⑥ すべての治療スタッフが不安障害(神経症)体験者    
   ⑦ 治療者による講話  

【常盤台神経科(藤田千尋院長)の場合】
(外来森田療法との差異をできるだけ少なくした入院森田療法)
   ① 4期の治療システム(臥褥→軽作業→普通作業→重作業)
   ② 生活をする(生活のための生活)    
   ③ 治療者による診察(個人面接、日記指導)    
   ④ 樹々、花壇などの自然    
   ⑤ 家庭的雰囲気  

  阿部 亨院長(高良興生院)は、高良興生院での入院森田療法の特徴を、『環境療法+森田的指導』という言葉で表現します。  
 この場合の「環境」とは、上記③を除いたすべてを指すといいます。
 特に阿部氏は、治療スタッフ全員が不安障害体験者であることにより、治療者と患者さんが、相互に理解し合える安心の場としての治療環境を重視していました。卓球、ガーデン・ゴルフ、絵画教室なども開催され、時に治療スタッフも参加しました。  
 また、高良武久氏、阿部 亨氏が定期的に行う講話は、患者さんの心性や傾向、健康的な生き方などを想起させる示唆に富んだ内容で、高い評判を得ていました。  
 高良興生院の特徴は、入院のメリットを最大限に活かした森田療法だったといえるでしょう。  
 一方、藤田千尋院長(常盤台神経科)は、外来森田療法との差異をできるだけ少なくした入院森田療法を目指していました。  
 そのため、藤田氏が入院患者さんに会うのは週に1回の治療面接(30分〜60分)のみで、患者さんの生活の場に入って一緒に卓球などのレクレーション、講話などをすることはありませんでした。
 その代わりに藤田夫人が患者さんの生活の場に関わり、言わば母親的役割を担っていました。治療スタッフの人柄はまちまちで、不安障害体験の有無は問いませんでした。  
 常盤台神経科の特徴は、入院森田療法の家庭的雰囲気を保持したまま、できる限り一般の人と同じ生活環境と生活を心がける森田療法だったといえるでしょう。  

 高良興生院と常磐台神経科の違いは、黒澤明の映画と小津安二郎の映画の違いのようだったのかもしれません。しかし、どちらも紛れもない森田療法であったことは確かなことです。 
註5 「臥褥を取り入れた外来森田療法+外来3者療法」:  
 藤田氏は亡くなる直前まで「臥褥を取り入れた外来森田療法+外来3者療法」など、入院森田療法の中にある治療原理を、外来森田療法の中に活かす構想を練っていました。論文としては未完成の状態ですが、将来ホーム・ページ上に多少の解説を加えて無料公開する予定です。


謝辞


 文章作成にあたりご校閲をいただいた、阿部亨先生、増野肇先生、丸山晋先生に、この紙面を借りて感謝申し上げます。特に阿部先生には、懇切丁寧なアドバイスとご指導をいただきました。重ねてお礼申し上げます。




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