郡司正勝作・演出 歩く

郡司芸術の真骨頂。 遺言ともいえる遺作舞台「歩く」を完全収録。 輝きを失わない貴重な映像。


解説

 
  ~この人生の「歩く」ことの意味はなにか~  
 自らの死を予感した郡司正勝の選んだテーマは「歩く」ということでした。
 1997年、彼はプロの歌舞伎俳優ではなく、若手の舞台俳優と共に前衛歌舞伎「歩く」を演出し、その翌年、癌のために他界しました。
 「舞台は人生の肉体の表象である」そう述べる郡司の舞台は、日本人としての伝統様式の表現に留まらず、ユニバーサルな輝きを放っています。
 郡司芸術ここにあり。ビデオ「歩く」は、彼の遺言ともいえる舞台を完全収録したものです。





クレジット

出演: 天祭揚子 / いちょう光暢 / 江ノ上陽 一 /大高健二 / 小野廣己 / 神田剛 / 北村魚 /佐藤祐貴 / 沢木めり子 / 林佳 / 武藤翆 /八尾建樹 / 山本貴志 / 山本啓泉子 / 吉田敬一
制作: 有限会社ランドスケープ
収録: 1997年11月25 / 26日 シアターX(カイ)
DVD / カラー / ステレオ / 63分 / 1998年度作品



台本 歩く

台本 「歩く」

郡司正勝


ーこの人生の「歩く」ことの意味とはなにかー

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もし人類が歩くことができない生物だとしたらを、念頭において構成した。
この人生にとって「歩く」とはなにを意味するのか。


第一景 元禄花見踊  
人間は平和を望む。しかし平和の世界というものが本当にあったのだろうか。
人類の永久の夢幻の世界、妄想ではないのか。  
太平というものの身振、表現、を太平を讚えた元禄時代の花見踊に託してみた。
目の前を通り過ぎてゆく平和の幻。
青春とは、天国か、地獄か。
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第二景 予告(御注進)  
われわれの平和は、常に不安に襲われずには成立し得ない。
平和の花は、現実にはいつも確実に眼の前で散っていった。
そのキザシ、前触れは、いつやってくるかも知れない。
「御注進 御注進」  「ナント ナント」
告知する天使の夢は、いつもおびえている。暗い影はつねに忍びよっている。
それが平和というものであろう。
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第三景 花魁道中  
平和はもろく、誇り高き偽りの形。
花魁道中に、つかの間の夢を託してみる。
憧れと驕りと色欲に、文化に、酔いしれる平和が生み出す、差別、軽蔑等々。
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第四景 凧の戯れ  
男たちは、平和という馴れにいつも剽軽に時代の風に乗って浮かれ、
金蔓の糸に繋がれては右往左往して、人生に踊らされる。
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第五景 元禄花見踊(乱)  
平和には疲れが出る。精神の荒廃。
世紀末の爛熟と乱れを、再び花見踊の変相として表現する。
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第六景 暴れ六方  
世は暴力の衝動にうごめき、征服欲と乗っ取り、
暴走族の殴り込みなどが、日常となる時代がやってくる。
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第七景 だんまり  
闇によって表現される時代。
人と人の不通となった疑惑と陰謀が手さぐり、足さぐりに表象される。
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第八景  人形の動きで象徴される社会相  
われわれは、何者かによって操られてゆくのを感じる。
それを人は運命といい宿命と呼んだりする。

(A)櫓のお七  
恋愛は、出会い、ゆきずり、相手を乞うという輪違いの宿命で、
それは愛という救いでもあれば愛という地獄でもある。
一抹の光明でもあるが、また執着という闇でもあり、永遠という幻でもある。
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(B)  
誰にでも一度はおとずれ消えてゆく「無情の夢」というやさしさ。
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第九景 盆踊りという行事  
人間は老いも若きも死を隣り合せに生きている。
人間の社会が生んだ盆行事は、この世とあの世を橋渡しする道であり、季節である。
(女性たちによる白石島の盆踊りで代表する)
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第十景 男の歴史  
男には歴史がある。  
落人の武士たちが百姓となって隱れ住んだ歴史を、
(男性郡によって五箇山の麦屋節によって代表する)その誇りと現実。
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第十一景 戦場の人  
人々は国家という巨大な魔物によってしばしば犠牲にされ戦場に引き出される。  
それにはお互いの殺人が待っている。
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第十二景 葬式の行列  
人生最後の葬式である葬式の行列がつづく。  
人間悲劇とは視点を変えれば人生喜劇でもある。  
泣き笑い。劇は人生の表象として芸術になる。
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あとがき
舞台は人生の肉体の表象である。
劇であってもよく、舞踊であってもよい。
それは一種の見世物なのである。
このたびはポーランド公演という目標をもったために、
セリフを極力さけた点が一つ。
もう一つは日本人としての伝統の表現様式をもって構成してみせたい
といった目的によって創作の意企としたものである。

             ポーランド凱旋公演パンフレットより


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